鬱映画ファイル11『ソドムの市』
どうも、松本13です。今回は、鬱映画ファイル11、『ソドムの市』についてです。
まずは簡単な概要とあらすじから。
【概要】
『ソドムの市』は、1975年製作のイタリア・フランス合作映画。過激な性描写が非常に多く、欧米ではそれが問題となり、上映禁止となった国も出た。本作の完成後、監督のピエル・パオロ・パゾリーニはローマのオスティア海岸で謎の死を遂げたため、本作が遺作となった。
【あらすじ】
1944年、ヒトラー占領下の北イタリア。ナチズムに加担する4人のファシスト・グループによる常軌を逸した一大狂宴の為に、9人の美少年と美少女が狩り集められる…
この映画が公開されたのは1976年。大昔の映画です。
その手の映画って2種類に大別されるかと思うのですが。
今の映画の感覚で見ても全然面白い映画と、ちょっと今の感覚で見ることはできない、ある程度「理解をする」というスタンスが必要な映画。
この映画に関しては後者に属する映画かと思います。
ただこの映画、そういう映画本来の立ち位置とは別に、過激な描写が話題となった映画でもあり、また鬱映画としてもとても有名な作品だったりします。
とにかくその手の映画の話題となると必ず名前の上がる作品だったりするので。
上述のような前提条件を持って見れば残念な映像体験となることはないかと思います。50年以上経った今見てもなお、結構きついなと思えるような過激描写もめちゃくちゃあるので。
そういう意味での見応えもあるかと思います。
この映画の持つ芸術性や政治性みたいな、そういう部分での価値や魅力というのも多々あるかと思うのですが。
ただこの映画がその手の映画に全く興味がない層からも知名度があるのは、過激描写や鬱映画としての知名度に加えて、監督がこの映画公開直後に殺害されたというゴシップ性があってのことかと思うので。
それらの全てを含めての鬱映画としてもかなり見応えがあるんじゃないかと思います。
この映画を特定ジャンルの映画として語るのは決して適切ではないかもしれませんが。
ただ適切な解釈でこの映画を今この時代に見たいという人もそこまで多くはないと思うのですよね。
そういう意味では動機がどうであれ見られることの方に価値があると思います。
映画ってやはり見られてなんぼですし。
とにもかくにもこれまでもこれから先にも鬱映画を語る上で必ず名前の上がる作品ではあるかと思うので、どこかのタイミングで一度通っておいても損はないんじゃないかと思います。
というわけで今回はこの辺で。最後までお付き合いいただきありがとうございました。