クソ映画検証1『デビルマン』

 


どうも、松本13です。今回は、クソ映画検証 1『デビルマン』についてです。


まずは簡単な概要とあらすじから。


【概要】

『デビルマン』は、永井豪の同名漫画を原作とする、2004年公開の日本の特撮映画。興行・批評ともに大失敗した「伝説のクソ映画」として広く知られている。


【あらすじ】

両親を亡くし、牧村家に引き取られた高校生・不動明は、親友・飛鳥了の父の死をきっかけに、人類の滅亡を画策するデーモン(悪魔)と合体することに。その強い意志により、人間の心を残したデビルマンとなった明は、デーモンと孤独な戦いを続けるが…



言わずと知れたクソ映画の代名詞。


今後、クソ映画を検証していく上での一つの判断基準として触れないわけにはいかないであろう今作。


とはいえこの映画が問答無用のクソ映画であることはもうこれでもかというくらいに明らかなわけで。


しかし今回検証する上での鑑賞については、すでにクソと確定した映画をただぶん殴るだけというわけではなく、映画として素晴らしい部分があるのであればしっかり拾っていこうと、評価していこうと、そういうスタンスで鑑賞しました。


公開から20年以上経ち、さすがに許せる部分もそれなりに出てきてるかと思いますし、私自身、様々なクソ映画やクソ吹き替えを経験しているので、許容範囲もそれなりに広がっていますし、作品としてのいいところの一つや二つくらいは見つけられるのではないかと、1周2周回って面白いくらいの感覚で見れるのではないかと、そう思っていました。


おそらくデビルマンを見るにあたってのスタンスとしては相当に寛容なレベルだったと思います。


にも関わらず作品としていいところを全く見つけることができませんでした。


本当にこの作品は純然たるクソ。クソの中のクソ。冗談抜きで吐き気を催すレベルのクソでした。


これは本当に比喩でも何でもなく、かなり寛容なスタンスで、いいところは拾っていこうと、普通の映画を見るような感性でこの映画と向き合ってしまったゆえに、本当に少し体調を崩すレベルの影響を受けてしまいました。


それくらいにいいところが何一つない、ある意味パーフェクトなクソ映画でした。


本当にこの映画、救いようのないレベルのクソなんですよね。


私個人としてはどんな映画にも素晴らしい部分の一つや二つはあるものだと思っているのですが、この映画に関しては論外。


本当に何から何までクソでした。


いい所は拾っていこうと目を凝らせば凝らすほど、目につくのはクソな部分ばかり。


まじで目を凝らしてもいい所が本当に一つもないんですよね。むしろ逆効果。ダメな部分ばかりが発掘されていく。


本当に一部の隙もないクソ映画でした。


こうやってコンテンツにしていると、それなりに面白おかしく表現できたりもするのですが、鑑賞中はただひたすらに不快なんですよね。


クソすぎて笑えるとか、1周回って面白いとかそういうことを一切思えず、ただひたすらに不快。


これだけネット上でこすられ続け、ネタにもされ、ツッコミどころも膨大にあり、なおかつ漫画実写というそれなりの面白みを見出すことが容易なジャンルにもかかわらず。


そのような楽しみ方を一切許さず、ただひたすらに不快感だけを与え続けるって本当にすさまじいものがあるなと。


そもそもメインキャストに演技経験者がほとんどいない学園祭レベルのクオリティとか、破綻した脚本とか支離滅裂なストーリーとか。


この映画をクソたらしめている要素は多々あったりするのですが。


ただこの映画を見ていて本当に不快なのは、それらが原因なのではなく、作品全体に満ちる言語化できない気持ち悪さゆえなんじゃないかと。


とにかくこの作品、めちゃくちゃ気持ち悪いんですよね。本当にうまく言語化できないのですが見ていて本当に不快。


強いて言うのであれば、ちょっとアレな感じの青春討論番組やリアリティショーを見た時のあの感じを何倍にも増幅させた感じ。


そんな気持ち悪さが2時間続くんですよね


そんなしょうもなさが1時間半だったらまだ多少救いはあったのかもしれませんが、2時間という無駄な長尺。体感的には3時間オーバーに感じられます。


本当にこの映画、現状指摘されているクソな部分だけ見るとクソ映画として愛でるとか普通に1周回って面白いとか、そういう楽しみ方が全然できるように思えるのですが。


実際に見てみると本当にそのような楽しみ方が一切できないレベルでの気持ち悪さがあるんですよね。


うまく言語化できないだけに再現しようと思ってもできないまさに奇跡的な不快さ。


支離滅裂な脚本と電波な展開とセリフ回し、そこに学芸会レベルの演技が相まっての本当に奇跡的な確率での不快さの演出というのは、この作品唯一無二のものであり、その不快さが作品全体を覆っているだけに、褒められる部分も救いも何もなく、まさにパーフェクトなクソ映画足らしめている点については、本当に特筆すべきものかと思いますし、本当にこれ以上のクソ映画はないんじゃないかと。


おそらく今後、クソ映画を検証していく中で様々な映画に触れることになるかと思うのですが、大抵の作品はおそらく1周回って面白いとか、原作要素を意識しなければ楽しめるとか、そういう作品がほとんどだと思うんですよね。


ただ本当にデビルマン、てめーだけはダメだ。 


この映画、実写化映画としてひどいのはもちろんですが、その部分を抜きにしても十分にひどい。


無駄なシーンは削ってテンポサクサクなTVサイズになったとしたらいくらか楽しめるんじゃないか、みたいな余地もなし。


ドラマシーンも特撮シーンも全編にわたってクソなため、どう切ったり貼ったりしてもクソ。


学芸会レベルの演技未経験者たちの香ばしい演技の合間には実力派俳優の演技も多少は見れたりするのですが。


ゴミのような脚本と電波なセリフ回しと、産業廃棄物レベルの演出のおかげでそれらの演技すら本当に不快に感じられるんですよね。


そういう意味での作品としての救済ポイントすらも潰してしまうくらいにクソレベルが高い作品。


本当にこの映画のクソさって、愛すべきクソさとか1周回って面白いとかそういうこと抜きの純然たるゴミレベル。


存在することを許容したくないレベル。


クソ映画という表現って、場合によっては褒め言葉だったり、場合によってはちょっとした愛嬌のようなものだったりもするので、クソ映画という表現自体は必ずしも蔑称ではないと思うのですが。


私の中の映画としての最低レベルの表現は、場合によっては大きな意義や価値のある「クソ」という表現にすら値しない「ゴミ」という表現です。


ただ私としても一人の映画好きとして、そのような作品や作り手へのリスペクトを欠いた表現を使うことに対してはかなり慎重になりたいと思っています。


そうそう簡単に使っていい表現ではないと思っています。


そんなスタンスの私でさえ何のためらいもなくゴミと言い捨ててしまえるレベルのゴミ。


本当にこの映画はクソ映画としては最強最悪レベルだと思います。


正直この映画、存在価値も見る価値も全くない映画ではあるかと思うのですが。


ただ本当のクソ映画というものがどのようなものであるかを知る上ではこれ以上にない資料かと思いますし、


前述した言語化できない気持ち悪さという部分に関しては間違いなく唯一無二のレベルかと思うので、


その部分を踏まえれば人生の何処かで一度遭遇しておいてもいいのかもしれません。


本当にこの最低さを知っていれば大抵の駄作は許せるかと思いますし。


ただこの映画、本当に怖いもの見たさとか ネタ作りとか、それくらいのレベルで見れる映画ではないと思うので、見る際は本当に眼球からクソを流し込まれるくらいの覚悟を持ってみた方がいいかと思います。


私のように下手に寛容なスタンスで見てしまうと普通に精神汚染されますし、ガチで体調を崩してしまうレベルのゴミなので。


この映画に対しては寛容になっても本当にいいことはないです。少しくらいいい所もあるはずだと目を凝らしても新たなクソを発見してしまうばかりで本当にいい所が一つも見つからないので。


この映画に関しては本当に死体蹴りくらいの感覚で見るのがちょうどいいかと。


というわけで今回はこの辺で。最後までお付き合いいただきありがとうございました。


Twitterで更新通知を受け取る

このブログの人気の投稿

クソ映画検証16『ルパン三世』

ミスト

プリティ・リーサル