シン・エヴァンゲリオン劇場版:||



どうも、松本13です。今回は、『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』についてです。


まずは簡単な概要とあらすじから。


【概要】

『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』は、2021年3月8日に公開された日本のアニメーション映画。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の四作目であり完結編。


【あらすじ】

コア化で赤く染まったパリ旧市街で、反ネルフ組織ヴィレはネルフのEVA群体から攻撃を受けながらも、アンチLシステムの起動で解放を試みる。一方、アスカに連れられたシンジは、レイと共にニアサードインパクトを生き延びた人々が集う集落まで移動し、大人になった友人たちと再会する…


この作品の評価って本当に人それぞれで面白いと思うんですよね。個人的にはいい評価はもちろんのこと、悪い評価についてもかなり興味深いです。


「意味不明」とか「つまらなかった」とか、そういう感想を持てるのもある意味貴重だと思うんですよね。


私にとって、エヴァンゲリオンというのはそう単純に、面白い・つまらないだけで語れるものではないので。


なので単なる1コンテンツとしてのエヴァの評価ってめちゃくちゃ新鮮なんですよね。


エヴァンゲリオンって、もはや主語として大きなものになりすぎてしまっていると思うんですよね。


エヴァンゲリオンという現象や時代、それらがもはや人生の一部、しかもかなりの大部分、みたいな人も、私も含め結構いると思いますし。それにエヴァに限ってはこういう表現を用いるのも決して大げさではないと思うんですよね。


だからこの作品についても、「どうだった?」と聞かれても一言では言い表せなかったりするのですが。


じゃあこの映画が面白かったか?と言ったらちょっと微妙だったりします。少なくとも即答でYESではないんですよね。


個人的にもやはりこの映画は単純な、面白い・つまらないだけでは判断できないんですよね。


この映画はエヴァンゲリオン新劇場版の完結編。


私にとってこの作品はエヴァンゲリオンが終わるということのみに意味があった作品なんですよね。


うまく言語化できない部分もあるのですが、この映画は1つの作品というより、「エヴァンゲリオンの終わり」という現象の体験型アトラクションといった感覚に近いんですよね。


エヴァンゲリオンという作品は画面やスクリーンの向こうとこちらという概念が非常にあいまいなんですよね。第四の壁というやつ。


そもそも初期シリーズで庵野秀明という監督自身が、ある意味向こうとこっちを行ったり来たりしていた感がありますし。


だからエヴァンゲリオンの終わりって普通のアニメの終わりとはちょっと違うんですよね。画面の向こうの話じゃないんですよね。


実際この作品までエヴァンゲリオンという作品は、20年以上、明確な形で完結したことがなかったと思うので。


旧シリーズで一応の完結は見せているものの、個人的にあれは完結というより爆散に近い形かと思いますし。


そんなエヴァンゲリオンが完結すると言われても全く信用できないわけです。


エヴァンゲリオンって、ファンであればあるほど公式のアナウンスって信用できないと思いますし。


だから今作の製作が発表されても、公開スケジュールが決まっても、エヴァの完結って全くピンと来なかったんですよね。


というより想像ができなかったんですよね。


実際この作品を見始めてもなお、エヴァの完結という部分に現実味が持てなかったのですが。


見終わってみると綺麗に完結。


その部分は本当にすごいなと思います。


この終わり方が完璧だとは思いませんが、ただあのエヴァンゲリオンを、クソデカコンテンツであるエヴァンゲリオンを、あのぐっちゃぐちゃなカオスの権化のようなメンヘラコンテンツを、ここまできれいな形で完結させたというのは本当にすごいことだと思います。


全てではなくとも、可能な限り多くの物事を救い、収集や始末はつけられたと思いますし。


個人的にこの作品は惰性で見た作品なんですよね。


ただ惰性とは言っても最上級の惰性。自分の人生の半分以上を費やした惰性なのでとても冷静ではいられないわけです。


なので私にとって今作は終わることにだけ意味があった作品で、そして実際終わってしまうとそこには何も残りませんでした。


私の中にあった惰性についても、エヴァンゲリオンという現象についても、それらを含めた平成という時代についても綺麗に完結してしまったので。


じゃあ作品としてどうなの?と後になって冷静に考えてみると途端にわからなくなったりします。


そもそもその部分の判断条件に、何をどの部分までを含めればいいのかって結構難しいところだと思うんですよね。


今作の評価に旧シリーズも含めるのか、庵野秀明監督を含む制作陣のゴタゴタというものがそもそもエヴァンゲリオンというコンテンツの一部だったりもしますし。


この作品が当初の予定通りスムーズに公開されたらまた評価も違ってきたかと思いますし。


新劇場版第1作が公開された2007年のムードって、本当にとてつもなかったと思うんですよね。


あのエヴァンゲリオンがもう一度始まる!しかも今度はしっかり完結する!


制作発表の時点からもうめちゃくちゃに期待していたわけです。


が、いざ蓋を開けてみると前回以上の泥沼。


もちろん大人の事情が多々あったかとは思うのですが、ある程度の事実を知った今から思えばしょうがないと思える部分もあるのですが、ただそれらについてもうちょっとアナウンスすべきだったんじゃないかと。


何のアナウンスもなしで放置という状態がかなり長期間続いたので。


そして3作目がとんでもないカオスに。


そしてまた完結編を前に沈黙。


時折真偽不明のアナウンスが聞こえてくるものの、もちろん信用はできず。


私も含め、このグダグダな展開に怒りを通り越してすでに諦めの境地に達していた人って結構多いと思うんですよね。


正直、新劇場版3作目前後の庵野秀明監督については全く良い印象を持っていませんでした。


が、しかしそこから『シン・ゴジラ』、『シン・ウルトラマン』という素晴らしすぎる作品を制作してのエヴァンゲリオン完結編。


私の中の庵野秀明監督へのマイナスの感情って、シン・ゴジラという歴史的大傑作にて全て精算されたんですよね。


エヴァはともかく、シン・ゴジラのような素晴らしい作品を作ってくれたのだから…と。


そこからのエヴァンゲリオン完結となると、制作のゴタゴタとそれに伴う愛憎と、シン・ゴジラとシン・ウルトラマンと、その時に射した日本特撮界への一筋の光などなど。


どんなに冷静になろうと思っても、今作ってそういうものの全てがついて回ったりするんですよね。


結局私にとって今作って、それら全てを含めた現象の落とし前的作品なんですよね。


しかもそれらをリアルタイムで経験したので、それらが過去になってしまった今改めて考えてみると、いまいちリアルな実感が得られないというか、もうすでに過去のものになってしまっているというか。


そんな状態です。


例えば『GHOSTINTHESHELL/攻殻機動隊』を人におすすめできるかと言ったらめちゃくちゃ自信を持っておすすめできるんですよね。


じゃあエヴァンゲリオン新劇場版を前述の諸々や補足説明をなしに自信を持って人に勧められるかと言ったらちょっと微妙なところだったりします。


何の予備知識も愛憎も無い人が見てどこまで楽しめるのだろう?という部分には本当に自信が持てないんですよね。


私にとってエヴァンゲリオンは、もはや人生の一部なのでフラットな視点での判断ができないんですよね。


エヴァンゲリオンのない人生というのを経験したことがないので。


だから本当に庵野秀明監督やガイナックスの諸々、宮崎駿監督との関係、パチンコやスロットでの大負け、シン・ゴジラやシン・ウルトラマンなどの要素を一切排した状態での新劇場版4作のみの評価って本当に難しいんですよね。


そして多くの人にとっては少なからずそこに何かしらの要素が入り込むゆえ、人によって今作の評価が様々な部分も非常に興味深いところだったりします。


それらを含めた上での映像体験としての価値は本当に高い作品かと思うので、一度は通っておいても損はないんじゃないかと思います。


人によっては最高に楽しめるかと思いますし、仮にこの作品に何も感じなかったり、むしろつまらないと思ったにしても、それはそれでめちゃくちゃ貴重な経験だと思うので。


というわけで今回はこの辺で。最後までお付き合いいただきありがとうございました。



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